量子コンピューターの開発が急速に進展している中、従来のRSA暗号などの暗号化技術に対する脅威が現実のものとなりつつあります。上海大学のワン・チャオ氏らの研究によれば、量子コンピューターを用いてRSA暗号の解読に成功した例も報告されています。この進展は、金融機関や重要なインフラに大きな影響を与える可能性があるため、対策が急務となっています。
1. 量子コンピューターとその脅威
量子コンピューターは、従来のコンピューターとは異なる量子ビットの特性を活用することで、非常に効率的に複雑な計算を行う能力を持っています。その結果、現行の暗号化技術、特にRSA暗号や楕円曲線暗号の安全性が大きく脅かされています。量子コンピューターにより、「ショアのアルゴリズム」が実行可能になることで、RSA暗号を短時間で解読できる可能性が生まれ、従来の暗号基盤が無力化するリスクが高まっています。
ワン氏らはD-Wave社の量子コンピューターを用いて22ビットおよび50ビットのRSA整数の素因数分解に成功し、将来的にはより高いビット数の解読も可能になると指摘しています。この成功により、量子コンピューターの脅威が予想以上に早く到来する可能性が示唆されており、「今収集して後で解読する」といったサイバー攻撃のリスクも存在します。
2. 耐量子計算機暗号の標準化と対応
このような量子コンピューターによる暗号解読の脅威に対応するため、「耐量子計算機暗号(Post-Quantum Cryptography、PQC)」の開発が進められています。米国の国立標準技術研究所(NIST)は2016年から耐量子計算機暗号の標準化を進めており、2024年には3つの連邦情報処理標準(FIPS)が最終認定されました。この標準化によって、金融機関や企業は量子コンピューターによる攻撃からデータを守る新たな暗号化技術への移行が求められています。
3. 金融機関に求められる対応と課題
金融業界は特に量子コンピューターの脅威に対して迅速な対応が求められています。金融庁は2024年7月に「預金取扱金融機関の耐量子計算機暗号への対応に関する検討会」を立ち上げ、2030年までに金融機関が移行すべき暗号化方式の方針を検討しています。このタイムラインは、量子コンピューターの進展を踏まえた暗号化方式の強化だけでなく、現在のRSA2048bitが量子コンピューターの有無にかかわらず、近い将来に暗号強度が不十分になると懸念されていることにも基づいています。
金融機関が準備すべき対応としては、以下のような点が挙げられます。
- 情報システムの把握とリスク評価:全情報システムの暗号化使用状況を把握し、量子コンピューターの脅威に対してリスク評価を行う。
- インターネットに接続されているシステムの優先対応:インターネットバンキングやAPIなどの外部に公開されているシステムを優先的に見直す。
- 外部委託先やクラウドサービスの確認:BPOやクラウドベンダーの暗号化対応状況も確認し、接続部分でのリスクを最小限に抑える。
- ブロックチェーン関連の対策:暗号資産やステーブルコインなど、ブロックチェーン上の金融商品も量子攻撃の対象となり得るため、対応が必要。
4. まとめ
耐量子計算機暗号は、量子コンピューターによる暗号解読リスクに対処するために急速に整備されている重要な技術です。特に金融機関にとっては、2030年を目標とした暗号化技術の切り替えが求められており、金融庁やNISTが指導する形で取り組みが進められています。これにより、RSA暗号など従来の暗号方式から、量子コンピューターでも解読が困難な新しい暗号化技術への移行が必要とされているのです。
量子コンピューターは将来のイノベーションに大きな期待を持たれている一方で、セキュリティリスクも非常に高く、金融業界を含むさまざまな分野で早急な対応が求められています。このように、量子技術の発展に伴うリスクとその対策が現在の主要な課題となっています。
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